2009年7月 9日 (木)

好きこそものの上手なれ

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6月の中ごろ、突然次男が「僕、お習字が習いたい・・」と言い出しました

私は、聞き流していたのですが、その情熱がすごく・・・

毎日毎日私の顔を見れば訴えてきます

これは、きまぐれな気持ちじゃなさそうだなぁ、と思い早速、主人に相談して近所のお習字教室に見学に行く事にしました

7月2日が第一回目・・・・先生が誉め上手の優しい方だったこともあり、次男はますますやる気満々で、先生の教えてくれる事を一つ一つ素直に実践して、すごい集中力で字を書いてました

30分ぐらいの間に「けし」という2文字を見事に書き上げる勢いに私もびっくりでした

先生から、「これは上達が早そうですね」と言われ・・・・

昨日が第2回目!

お迎えに行くと4文字書いていて・・・先生から「8月の検定に早速、申し込みしようと思いますが」と相談されました

次男のやる気は、どこまで続くのか・・・・楽しく喜んで書ける!この醍醐味がいいなぁと思いました

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2009年5月17日 (日)

また、反省!!

Photo夕方、次男が「ぼく絵を描きたい」と絵の具を持ってきました

今はそんなことしている暇は無いから今度時間が出来た時に・・・と内心思いながら何の対応もしてあげないままバタバタとしていました

そんな様子を見ていて次男は部屋へ戻りました

その後、とっても静かだったので諦めたのかなぁと思っていました

次の日、机の横に絵が落ちていました

筆もパレットも何もなかったはずなのに・・・・どうやって描いたんだろう??

しばらく絵を観察していると・・・・手の指で描いている事がわかりました

どうしても描きたかったんだなぁ・・・・と思い、ちゃんと対処してあげなかったことを大変申し訳なく思い、次男を直ぐに呼んで膝に抱っこして絵を一緒に見ました

「素敵な絵が出来たね!よっぽど絵が描きたかったんだねぇ・・・道具が無いから指で描いたんだ・・・頭がいいねぇ・・・色を変えるときはどうやってしたの?」色を変えるときは手の指を替えていって色付けしたようでした。

見た感じチューリップのように見えるこの花はチューリップでもないらしく、何の花か自分でもわからないけど「お母さんに感謝の気持ちを込めて絵を描きたいと思って描いた絵」のようでした

条件が整わなくても思い一つで知恵を出して貫き通すこの行動力!を頼もしく感じたのと共に・・・・

数日前から買い物に行けばお花を買おうとしたり、母の日のプレゼントがしたくてたまらなかった様子だった次男の気持ちを汲み取らず、心無い態度ばかりとってしまっていた私・・・・まだまだだなぁと反省でした

筆やパレットなど絵を書く道具をきちんと揃えてあげれば、思う存分に思い通りの絵が描けたんだろうけどね

ごめんね

この絵を見ては気をつけます

自分のことばかり考えないように!相手の気持を大切に出来るように!

ありがとう

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2009年5月15日 (金)

反省!

昨日、長男が帰ってきた時、私は夕食のメニューは何にしようかなぁと考えながらお米をといでいました。

そんな事を頭で考えながら「お帰り」という私の顔を見て・・・・

「お母さん、何かあったの?顔が暗いけど?大丈夫?」と言われてしまった

私の心はとってもハッピーでルンルンなのに上の空な私のせいで、そんな心配を子供に抱かせてしまった

子供って顔をよく見てるんだなぁ・・・と思った

出迎える時の表情は特に大切なんだなぁ・・・

いや、表情だけではなく、子供達が無事に元気に帰ってくる事、その事がどれだけ有難い事かわからないのかもしれない

特別な感激も無く、歓迎も無く、ごくごく当たり前に普通に無関心に相手の顔も見ずに、形式的に「おかえり」と言っていた私の態度を反省させられる出来事でした。

失礼な事をかわいそうなことをしていたなぁと・・・・

また、心を入れ替えて

今日からは、いとし子を今か今かと待っていた母のように(←大げさ)迎えようと小さな決意

気付いてよかった

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2009年3月 6日 (金)

長女の疑問

今年の春、中学生となる長女は私が考えている以上に色んな情報をお友達や学校から吸収しています

そんな目覚しく成長していく長女を横目に

正しい性教育を教えないと・・・・

春休みになったら

長女と一緒に『真理』の女性編を輪読しようかなぁ・・・なんて考えてました

そんな矢先

昨日、お風呂に入っていると

「お母さん、赤ちゃんはどうしたら出来るの?」と素朴な疑問を投げかけられました

チャンスでした!

私は自分の赤ちゃんが出来るまでの体験を話しました

ここでは簡単に説明すると

お父さんと結婚して赤ちゃんがすごく欲しかった事

一人目は直ぐに流産したこと

次の子供は中々恵まれなかった事

その時に、お母さんの心にたくさんの反省すべき事があって

一生懸命努力した事

まず、聖使命に私の赤ちゃんを神様におつなぎした事

それから、ご先祖供養・神想観・主人への讃嘆日記・ハイ・ニコ・ポンを毎日心掛けた事

でもでも中々授からなかった事

そして、最後に、当時、教化部長先生から御指導頂いた言葉

「世の中の子供はみんな自分の子供だと思えばいいんだよ。だって、みんな神の子でしょ!いのちは繋がってるんだから・・・他の方が育ててくださるんだから、お任せして自分の出来る愛他行をしなさい」

私は、この言葉が心にずしっときました

そうだ!そうだ!

自分達の子供が欲しいと思っていたから苦しかったんだ

私の出来る事で愛他的に生きよう

そう思った瞬間(自分の子供か゛欲しい!という執着心がなくなった時)

1ヶ月も経たないうちに授かったのが「あなたよ!」

お母さんの心が育つのを今か今かとお空の上で待っていたんだろうね

そして、きっとEくんやTちゃんと順番決めてあなたが一番に来たんだろうね

ありがとうね

そんな話をしました。

長女は「へぇ~」と微笑んでました

私には素敵な神秘的な体験があったのですね

正しい性教育をしないと・・・と肩に力が入っていて身構えている時には思い出しもしませんでした

この真理と共に一つ一つ乗り越えながら生きてこられた事に感謝致します

ありがとうございます

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2008年10月 5日 (日)

楽しい輪読会

今日、夕食後に7時半から9時まで我が家の子供達と一緒に『理想世界ジュニア版』9月号を輪読しました。

私は、こんな日をいつも夢見てました

あ~幸せ!

学校の朝の10分間読書の時間を利用して既に読んでしまっていた長女のお勧めの所から輪読していきました。

楽しかった~

ジュニア版いいですネェ・・・・

子供達と共にプラス思考の極意を確認出来、とても有意義な時間となりました

あ~幸せ!

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2008年10月 2日 (木)

スポーツの秋

9月28日、日曜日は長男次男の運動会でした

私は朝一番に筑前煮と巻き寿司の具を作りました。

私が小学校の頃は母と祖母が早朝からお弁当を作っている姿がありました

巻き寿司が上手な祖母に母が習いながら巻いていました

そんな姿を思い出しながら・・・・主人を起こしました

我が家は主人が巻いてくれるのです。

何故って・・・上手なんです!

昨年、主人に手伝ってもらった時、私が巻くよりも上手で、ご飯の量が調度よく、具も真ん中にあり感心したのです。

だから主人が寝る前に「今年もお願いします」とお願いしたのです

今年も主人の巻いたお寿司は好評でした~

我が家の子供達の運動会の思い出は、私と主人がお弁当を作る姿が印象付けられるのかなぁ・・・それもいいなぁ

運動会では子供達は大活躍

2人もいると出番も多く見応えがありました

子供達の姿を通して、スポーツの秋を感じました

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2008年4月22日 (火)

次男は幸せ者

昨日から学校への道のりが保護者同伴ではなくなりました。

行き帰り、昨日は長男が一緒にしてくれました。

昨日の帰り道、途中で次男がお腹が痛くなったらしく長男は自分のランドセルを前に抱え次男をおんぶして帰ってきて、(次男が私に一人前と思ってもらえるように)と玄関に入る前に背中から降ろしたとの事でした。さぞ、重たかった事だろうと思いました。

一緒に通学していた時もこんな事がありました。

まだまだ制服も靴も帽子もぶかぶかの次男の靴には歩きながら石ころが入ります。その度に、立ち止まり靴から石ころを出す次男、そんな次男の体を片手で支え、靴を脱いだ次男の足を自分の足の上に置くように、すっとだまって片足を差し出す長男の優しさに感動しました。

兄ちゃん、かっこいい~

今日は一人で帰ってきます。そんな次男を気にかけて、学校から早くも帰ってきている長女が次男を迎えに行こうと待ってます。

優しい、お兄ちゃんお姉ちゃんに支えられ次男は幸せ者です。

そして、きっと、その頂いた優しい愛をいっぱい色んな人たちに向けていける子供に育っていく事でしょう。

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2008年4月17日 (木)

センチメンタルな私

4月11日お天気に恵まれ美しい花々に微笑まれながら次男の入学式がありました。

次男の担任の先生は、とっても優しい愛でいっぱいの先生でした。

先生の宝物(家族)の紹介をされた後、「今日から先生は学校のお母さんです。だから、今から抱っこします」と言われクラスの全員一人一人を抱きかかえて行かれました。そして、最後に「今、先生は皆の命の重みを感じました。このかけがえのない伸びようとする命を大切にしていきます」と話されました。先生の言葉に感動し涙が出そうでした。なんて、有難いご縁を頂いたのだろう・・・と有難さでいっぱいでした。

入学式から一週間がたとうとしています。

学校の決まりで一週間は保護者の送り迎えをするようになっています。

この一週間、長男と次男と共に楽しく会話したり交通ルールを教えながら歩いた道々

門まで行って後姿が見えなくなるまで手を振る幸せ

何時も以上に母としての最高の喜びを日々感じて過ごしていただけに、明日で最後と思うと何だかとってもセンチメンタルな気持ちになってしまいました。(ずーっと送り迎えしてもいいのに)そんな私にもう一人の私がささやきかけます(子離れしなさい)って・・・・

そんな気持ちを祈りに変えて、これからは家族を送り出したら神想観です。

家族が神様の黄金の光に包まれ護られながら輝く笑顔をイメージしながら祈ります。

これもまた、母としての幸せです

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2008年3月12日 (水)

子育ては楽しい!

Hi350588 今日は幼稚園最後の行事、お別れ遠足でした。私も引率で同行してきました。あまり、お弁当に対して注文の多くない次男でしたので最後のお弁当ぐらい・・・とキャラ弁にしてみました。

長女の時はお弁当のたびに本を開いては「おかぁさん、今度はこれ作って・・・」と、よく本を見てはかわいいお弁当を作ってました。長男が幼稚園に入った時も同じように作ってみたら「こんなの足りない」と言われてしまい、見た目よりも量と内容を重視して作るようになりました。子供ってそれぞれ喜ぶところも違うんだなぁって思いました。いざ、次男は何を作っても喜んでくれていましたので結局、最後にキャラ弁となってしまいました。お弁当の蓋を開けたときどんな顔をするんだろう??わくわくしながら見ていると・・・・満面の笑顔でした。どこから食べていいのかわからない?という感じで大切そうに食べていました。その顔を見ただけで大成功ヽ(^o^)丿心が嬉しい気持ちでいっぱいになりました。よいお天気に恵まれ歩く道のりでお花がたくさん咲いていたり、新芽を発見したり、幼稚園児達と春を感じながら楽しい遠足となりました。

3人の子供達の行事に追われつつの一年間でしたが、めまぐるしい日常生活の今が一番きっと、笑ったり、泣いたりも沢山で、いい時なんだろうなぁって思います。

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2007年9月 6日 (木)

カブト虫達との別れ

夏に採ったカブト虫と鍬形を早く自然に返してあげたくて主人と私は代わる代わるに子供達を説得してました。やっと今日、最後までしぶっていた次男が返す気持ちになってくれたので、早速、山に戻しにいきました。カブト虫達は、交尾もしていたので卵を産んでいてはいけないと思い土ごと持って行きました。クヌギの木の蜜が良く出ている木の下に入れ物ごとひっくり返しました。その時、開放されて嬉しそうに木に向って行っていたカブト虫のうちの1匹が私の方に向きを変え、目が会いました。心の中で「たくさんの喜びを与えてくれてありがとう」と、ちょっと切なく思いながら言いました。そして、私は歩き出したのですが・・・カブト虫に今の気持ちは伝わっていたかなぁ?想いは通じるっていうから大丈夫!?と思いながらも・・・やっぱり!!と思い直し、カブト虫たちのいる木々の方を向いて「ありがとう~」って声に出して言いました。すると、心の底から「ありがとう素晴らしい自然、ありがとう生き物たち」という思いが湧いてきて、うるっとなってしまいました。感謝の気持ちをコトバに出して表現すると、自分自身も、もっと感謝の思いを深く感じるのだなぁと実感しました。一人で家に戻りながら家族をはじめ周りの方々へ感謝や賛嘆のコトバを雨降らせようと決意新たにしました。

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2007年8月31日 (金)

夏休みの思い出

夏休みに入って直ぐ、「虫取りをしたい」という次男の要望に答え、百円均一で網と虫かごを買ってあげました。次男は毎朝、蝉取りに夢中でした。次男の良い所は捕まえた虫たちを観察し、絵を書いたら、必ず逃がしてあげてました。そんな次男に虫取りを禁止することはありませんでした。お庭にたくさんの木を植えている近所のおじさんは、そんな次男に「中に入って蝉取りしたらたくさん採れるから中に入って採んなさい」と、いつも声をかけてくれてました。そんな、ある日、おじさんの提案で、近所の山にカブトムシとクワガタを採りに行く事になりました。おじさんと一緒にペットボトルで仕掛けを作り、中にはバナナと焼酎と砂糖を入れて・・・蜜がでているようなクヌギの木を探して、それぞれ思い思いの場所にしかけを設置して、毎日毎日、山へ出かける事になりました。収穫率は高く、カブト虫のメスが5匹、オスが1匹、こくわがたのオスとメスが2匹採れました。最終的には子供達の気持ちが治まった頃に中止したのですが・・・そのお陰で素晴らしい景色を見ることが出来ました。夕暮れ時に山へ出かけた時の事、今にも沈みそうな真っ赤な太陽の光線が山の木々の間から差込んでいて地面や木の葉を真っ赤に染めていて、それはそれは美しい光景で・・・私と子供達は、その美しさにしばらく見惚れていました。何度も同じような時間帯に行きましたが、その光景を見れたのは、その時だけでした。その1回の美しい景色が私も子供達も忘れられず一番の思い出になりました。自然と親しむチャンスをくれた、深切なご近所のおじさんに感謝の思いをつげたくて、子供達と一緒にそれぞれが感謝のお手紙を書きました。

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2007年6月22日 (金)

想像力ゆたかな次男

Hi350220 先日、家で次男が「お母さんの絵を書くね」とお絵かきをしてくれました。

それが、この絵です。私の髪の毛にはちょうちょがとまり、手のひらにはかえるがのってます。その隣にはたくさんのりんごが木になってます。木と私の間には♪描かれてました。

「とってもいい絵だねぇ」と声をかけると

次男が絵の背後にある思いを説明してくれました。

「あのね、お母さんが歌を歌うとリンゴが木になるの」

私は、木にびっしりと描かれたリンゴをみながら、たくさん歌を歌っている楽しげな絵の中の私を見て、更にその絵が好きになりました。

「ほんとに素晴らしい絵だねぇ。物語りも素敵だし、お母さん、この絵大好き。あなたの描く絵は優しくってみんな好き」って最高の笑顔でお礼をいいました。

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みどりのおばさん

学校の登下校時刻に合わせて、自分の都合のつく範囲でポイントとなる場所に立って欲しいというお手紙が長女の学校から届き・・・・・今年度は、何だって、積極的にどんどんする!って心に決めていた私は勿論参加でお返事しました。

早速、黄緑色の派手なジャンバーと黄色い旗が届きました。昨日も依頼された日でしたので下校時刻に横断歩道で立ってました。

「こんにちは」「おかえりなさい」「さようなら」と笑顔で子供達に声をかけていきます。子供とのふれあいはとても楽しく・・・・後姿を追いながら「神の子さん、気をつけて帰るのよ。未来を担っていく神の子さん、あなたの天分にかなった出来るだけ多くの方のお役にたてる立派な人となってね。幸せになるのよ」そんな気持ちで子供達を見つめていました。

意外と横断歩道を渡る子供が少なく、より近い道のりで道路を斜めに横切ろうとする子供達が多く・・・「横断歩道を渡ったほうがいいよ」って明るくさわやかに促しました。チラッと私の顔を見て、また前を向いて・・・その後姿に「気をつけてね。さようなら」って声をかけるとスキップしながら背中で黙ってさよならを伝えてくれました。その後姿を見ながら、声をかけられるってうれしいんだなぁ・・・って、子供達に声をかけてあげるって大切だなぁって思いました。

この黄色い旗には ふれ愛 わけ愛 たすけ愛 って書かれてました。

一年間、子供達の生命礼拝をしながらふれ愛たい!と思いました。

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2007年5月25日 (金)

蝶の孵化

Hi350171 長男がHi350170「もう直ぐ蝶になるから家に帰って観察しなさい」と先生に知らせて頂き、今日、明日で孵化しそうなさなぎを5匹連れて帰ってきました。1匹は夕食の時には蝶に変わってました。観察できなかった無念さもあり、夕食後はずっと凝視してました。これは人生最後になるかもしれない!と大切なチャンスを無駄にせぬように結局、夜中3時まで蝶の変わる様子を観察させて頂きました。殆どじっと動きを見せない「さなぎ」なんだけど・・・この中で一生懸命がんばってるんだろうなぁって思いながら見ていました。さなぎから出てくるのは一瞬でした。体の真ん中のほうからカラを破り顔を出しました。なんとも、かわいく、いとおしく、思いました。わずか2センチほどの「さなぎ」の中に全長4センチ程の蝶が入っている事にも驚きでした。

長男の学校では今年度のスローガンが「みつけ合う!自分の素晴らしさ・お友達の素晴らしさ・自然の素晴らしさ」です。おまけに担任の先生は理科の先生ですので実に素晴らしい理科の授業をされます。先日の授業参観では、蝶が幼虫・さなぎ・成虫へと変わることは食べ物と関係しているのではないか?花の種が丸いのはコロコロとどこまでも転がりやすくしているのではないか?また、タンポポの綿毛のようにふわふわと遠くへ飛んでいく仕組みの種もある。たくさんの子孫を残すためのこの素晴らしい仕組みに大いなる智慧を感じませんか?という風に自然の素晴らしさについて、いきものをじっくりとみつめることによって感じさせていました。その先生の配慮により今回もこんなチャンスを頂いて・・・素敵な経験となりました。

「日々の祈り」を拝読していると自然の素晴らしさをとっても感じます。日常生活においても自然の美しさに酔いしれる事が多くなりました。

我はいま神の子として、神の無限のアイディアと知恵と愛に溢れた実相世界に存在することを観ずるのである。神の無限のアイディアに溢れた世界が我が内にも、我が外にも、無限に広がっているのである。神の創造りたまいし世界が無限の知恵に満ちているように、神の子たる我も無限の知恵に満ちているのである。神の創造りたまいし世界が無限の愛に満ちているように、神の子たる我も無限の愛に満ちているのである。だから、我が生命は無限に表現し、無限に工夫し、無限に与えることができるのである。この無限なる表現は、しかし現象的には繰り返しと循環の形をとるのである。無限なる工夫も、繰り返しと反復の中から生じるのである。無限なる愛も、繰り返しと練習を通して表現されるのである。だから我は、繰り返しの奥に無限の豊かさを感じるのである。我はいま、新たな我を感じる。神の子の我は、神の無限内容の表現の出口として、刻一瞬、新たな我を自覚するのである。自然界の繰り返しのリズムは、新たな我の表現に力を与えるのである。メロディーがリズムに乗ったとき、多様な感情を力強く表現しうるように、我は日々の繰り返しのリズムの力を得て、神の子たる自己の無限内容を展開していくのである。だから我に、単調な日々は存在しないのである。単なる繰り返しの毎日は存在しないのである。「単調」の感じは、現象の表面的印象のみを感じて、その奥に展開しつつある神の無限のアイディアと、無限の知恵と、無限の愛の表出に目を閉じる迷いである。現象は繰り返しのように見えても、本当は常に新たな側面の展開が、そこにある。春夏秋冬は繰り返しても、そこでの表現内容は毎年無限に変化している。それと同じように、毎日は表現の舞台として繰り返し訪れるが、我はその舞台を自在に使って神の無限内容を表現するのである。だから、我は日々新生し、新たなアイディアを得、新たな工夫をし、新たに愛を表現するのである。この自覚を与え給いし神に、無限の感謝を捧げます。神さま、ありがとうございます。

                              『日々の祈り』 谷口雅宣先生著 より

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2007年4月24日 (火)

ありがたい

21.22日長男はサッカーの遠征試合でした。そのため、20日の金曜日、私はその準備に追われていました。そんな私を見て、次男は幼稚園から帰ると家の前で1人で遊んでました。しばらくすると、次男が家に入ってきて私のレターセットを出してお手紙を書いていました。書き終わると、その手紙をもって、また出て行こうとしました。そんな次男に声をかけて誰にお手紙を持って行くのか訊ねました。「おじさん」と答えました。そして、手紙を見せてくれました。「おじさんへ   おじさん、たけとんぼ ありがとう。おしえかたおしえてくれてありがとう。  ○○○○より」と書いてありました。その手紙を通して、斜め前のおじさんが竹とんぼをくれ、飛ばし方を教えてくれていたことがわかりました。お礼の気持ちを直ぐに手紙に託すことの出来る次男の行動に感動しつつ、次男にとっては退屈な時間を楽しく過ごさせて下さったおじさんへ、たけとんぼ遊びの体験をさせてくれたおじさんへ、私も一緒にお礼を伝えにいこうと思い次男と一緒に外へ出ました。おじさんは家の中に入ってました。次男と一緒にポストの中に手紙を入れました。次男は2.3日その手紙をおじさんが見てくれたのか、気になっているようでした。何度も私に「おじさん、見たかなぁ」って聞いてきました。「きっと見たよ。お手紙嬉しかったと思うよ」と私はその度に答えてました。今、おじさんは鼻歌を歌いながら何か庭仕事をしています。鼻歌を歌っているなんて・・・・はじめてかなぁ・・・手紙が嬉しかったのかなぁ・・・・なんて勝手に解釈している私ですが・・・そういうあたたかい地域の方やいろんな方に支えられ、私の足りない分を補っていただいて、子供達が豊かに育っていけるんだなぁ、とありがたさで一杯になりました。年長さんになった次男は「毎朝、幼稚園が楽しくて楽しくてたまらない、ケーキ100個買うぐらい楽しい」と言います。そこまで言わせてくれる幼稚園の先生方、お友達にも感謝です。

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2007年3月 8日 (木)

お雛様

Hi350093 今年もあちらこちらでかわいいお雛様をたくさん見ました。どのお雛様も個性的で美しく私の目を楽しませてくれました。でも、今年の一押しの私のお雛様は次男が幼稚園で作ってきた、この写真のお雛様です。次男はお姉ちゃんにあげようと一生懸命、丁寧に作っていました。持って帰って来た日も家の外で長女の帰りを2時間近く待っていました。その姿をとても愛らしく感じました。受け取った長女はもちろん「ありがとう、上手ねぇ」と嬉しそうでした。3月3日は長女のバスケの試合で私も朝7時から夕方7時まで外出でした。前日に3色ムース(緑・白・ピンク)を作り、外出前に散らし寿司他の準備をして残りの作業は主人と長男に任せ、家族みんなで手作りのささやかなおひな祭りをしました。

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2007年2月16日 (金)

長女の素晴らしさ

先程、長男から何、書いてるのとパソコンを覗かれて「あなたの素晴らしさよ」と読んであげたら、かなり嬉しそうでした。そして「お姉ちゃんの素晴らしさは書かないの?」と言われ「そうだね、今度、かこうかな」と言うと「僕はたくさんあるよ。この前、僕は自分のケーキを分けてあげられなかったのに、お姉ちゃんは自分がもらったお菓子を僕にもみんなにも分けてあげた。そこが、凄いと思う」と姉の素晴らしさを語ってくれました。そんな風に見ていたんだなぁと嬉しくなり・・・今度は長女の素晴らしさを書きます。長女はよく気のつく思いやりの深い優しい子です。学校でもよく気がつき、誰かが物をこぼしたら真っ先に雑巾を取りに行って拭いてあげたり忘れ物をした子がいたら自分のものを貸してあげたり、よく困っている子を助けてあげているようです。また、誰もみていなくても、いつも黒板を拭いたり、みんなの靴をならべたりしているようで先生にもよく誉めていただきます。また、私がお友達のお子さんが病気になり毎晩、祈っていた時も一緒に合わせてお祈りしてくれてました。彼女は決して人を傷つける事がなく、どんな人にも優しく接する事の出来る素晴らしい子です。そんな彼女に私は「あなたの思いやりの深さ優しさは世界一」と言います。素晴らしい子供達がいて幸せです。

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長男の素晴らしさ

今日、長男は10時50分に登校すればよかったため朝はいつもよりゆっくり過ごせました。しかし、何時もどおり起床し朝食を済ませた後、サッカーのリフティングを何時もより長めに練習していました。今日は最高新記録で71回出来たようで朝からご機嫌でした。長男と入れ替わりに私と次男は幼稚園へ向いました。次男を送り家に戻ると中から掃除機のブーンという音が聞こえてきます。まさか、お掃除をしてくれているとは・・・・家に入ると綺麗に部屋を片付けて掃除が終了していました。私は手を叩いて「素晴らしい~」と喜びました。以前も運動会の代休の時に彼は洗濯物を干してくれてました。時間的なゆとりがあれば自分から気付いた事をさっさとお手伝いしてくれる「お役にたちたい」という思いでいっぱいの長男に嬉しくなりました。長男は現在2年生です。しかし、彼は心身ともに4年生並みです。学校でもクラスのリーダー的存在として先生からもお友達からも期待が大きく責任感いっぱいに頑張っているようです。家でもスポーツに勉強に頑張る日々、親ながら努力家の彼の素晴らしさに尊敬してます。又、彼の集中力もたいしたもので1年半前に始めた暗算も3級を目指しているほど・・・気持ちがいいぐらいに無限力を発揮してくれてます。私達夫婦をどれだけ喜ばせてくれているかわかりません。ありがとう。

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2007年2月 2日 (金)

初雪

Hi350077_1 Hi350079 今日は初雪が降りました。子供の頃から雪が降ると妹と一緒に一番乗りで公園へ行き、誰にも足跡をつけられていない真っ白な地面に自分たちの足跡をつけて喜んだり、雪のベットに寝転んだり、雪を食べたりと・・・めったに出来ない雪遊びを満喫していました。雪のため自由登園となった次男と2人でスノーマンのような子供よりも大きな雪だるまと雪ウサギを作って朝から遊びました。次男は途中から手袋と靴下が濡れてしまい耐えられなくなって家に入ってしまいました。私の方が夢中になって楽しんでいたのかもしれません。ゴミ出しの為、家の前を通るご近所の方々と挨拶を交わしながら、雪だるまを見ては子供のような無邪気な笑顔になる皆さんの表情を見つつ満足感が更にましました。学校帰りの子供達にも見てもらいたいなぁ、きっと喜ぶだろうなぁと思いました。今日一日、次男は日が照るたびに雪だるまのことを心配して窓から覗いていました。午後から日陰になるところに計算して作っていたため主人の帰りにも顕在していそうです。主人の帰りも楽しみです。ここを通る人の笑顔が見れる楽しい一日でした。

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2007年1月28日 (日)

次男の素晴らしさ

最近、次男の性格に感動した事なのですが、彼は究極の生まれつきの光明思想です。朝起こす時「○○ちゃん朝よ」というと次男「今日は幼稚園?」私「そうよ」次男「よっしゃヤッター」また幼稚園がお休みの時も「よっしゃヤッター」。曜日を聞かれ「○曜日よ」答えても「よっしゃヤッター」全て「よっしゃヤッター」なのです。又、更に起き上がりお着替えをする時も「うれしいなぁ、うれしなぁ、今日はいい日」とつぶやきながらルンルンしながら身支度をします。いつも嬉しそう!そんな彼の姿に私も幸せな気分になります。又、先日お誕生日で主人が本をプレゼントしたのですが、その直後に便箋と封筒を出して何かを書いてました。次男は主人にありがとうの嬉しい気持ちを伝えるお手紙を書いていたのでした。クリスマスの時もそうでした。サンタクロースさんに鉛筆やメモ帳をもらった時もそのメモを一枚破り裏表に「サンタさんありがとう。ぼくうれしかったよ。ありがとう」とひらがな、カタカナ、そしてABCと知っている限りの英語の文字を書いていました。サンタさんが何処の国の人なのかわからないからそうしたのかもしれません。そして、枕元の壁に貼ってサンタさんがお手紙をとりに来てくれる期待を胸に寝ていました。このような喜びの表現は周りにいる私達の心まで喜びに満たしてくれます。家族の誰もしないのに自然とそんな表現をする次男・・・内なるものが発露してきてこのような行動となるのでしょう。本当にそのままが素晴らしい。

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2007年1月10日 (水)

流産児さんありがとう

今日、朝の身支度が速く済んだ長女は私が聖経をあげている間にお布団を片付けてくれていました。「お母さん、ダブルのお布団以外は片付けたから」とにこっと微笑んで学校へ登校しました。そんな長女を目で追いながら立派になったなぁと思いました。私は結婚して1年目に1人目の子供を流産しました。その時は、とてもつらく夫婦で泣きました。母が病院へ来て直ぐに霊宮聖使命へ入れました。5月だったので「さつき」と名づけました。「流産児さんは高級霊」と言われますが、その意味もよく理解出来ていなかった私は「高級霊じゃなくていいから、ちゃんと生まれてきて欲しかった」とよく思ってました。しかし、そのことがきっかけとなり「パートを辞め、家でゆっくりするように」と主人が言ってくれ、時間が取れるようになりました。私は朝から晩まで普及誌、機関誌をはじめ聖典を読んでいました。また、主人に許可を頂いて家に仏壇をつくり先祖供養をする毎日となりました。生長の家の真理の素晴らしさに感動の連続でした。そんな時、生命の実相の第1巻に「愛が無ければ「生命」は生まれることも育つことも完全にできないのであります」と書かれてあり、夫を心から愛していただろうかと反省しハイ・ニコ・ポンを実践する日々となりました。また、神様からいのちが天降るのだから神様の御心と波長が合ってないといけないと思い、日々、神想観を行ずるようになりました。しかし、1年が過ぎ2年が過ぎ3年が過ぎたころ何が足りないんだろう、何をすれば子供が授かるんだろう、と思う日々でした。そんな時、ヤングミセスの勉強会の司会を頼まれ、その時の講師に相談しました。M講師は「僕たち夫婦も子供はいないよ。でも、青年会の方みんなが僕たち夫婦の子供のようなものだから、そんな風に思ったらいいんだよ。そして、子供のいない人は、その分たくさん時間があるから自分の周りのお世話活動をすればいいんだよ」と答えられました。その瞬間「そうだ、人間は皆神の子で1つのいのち、私の子供と思うからいけなかったんだ」と思い私に出来る範囲の愛行をどんどんしていきました。私の心から執着の心が取れた次の月に私は妊娠をしました。その時の子供が長女です。三正行の出来る私に、そして夫に拝の出来る私にしてくれたのは自分の身をもって教えてくれた流産児さんと一番良い時まで待っていてくれた長女です。その後も何も問題がなかったわけではありません。人生において色んなことが起こりますが、唯、善のみ!実相独在の世界を信じて行ずることによって自分の本物が引き出されていきます。そして、信じた程度に調度良い時に、この現象世界に顕現していきます。それを実感し、いつ如何なる時も光となれる強い私が今います。その私の心の扉を開いてくれたのは紛れもなく流産児さんでした。やはり「流産児さんは高級霊」でした。さつきちゃん、ありがとう

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2007年1月 6日 (土)

長女の誕生日

Hi350067 今日は長女の10歳のお誕生日でした。小学生練成会の時に皆でケーキ作りをして以来、自信を付けた長女は、ずっと「自分の誕生日のケーキは自分で作りたい」とはりきってました。「ハンドミキサーを使って簡単に作ろうよ」と言ってみましたが「練成で作ったのと同じようにする」と意志は固く、家族みんなで協力しながら泡だて器を使って混ぜていきました。ケーキ作りを通して家族の心が一つになり予想以上に楽しく素晴らしい作業になりました。子供達も満足感と達成感でいっぱいでした。みんなの愛情がいっぱい詰まったケーキはスポンジもふわふわに仕上がり味も最高でした。

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2006年11月10日 (金)

子供の反抗期

数日前、ご近所さんがお父様が釣ってこられた鯖を持って来てくださった。その時に子供が「いうことをきかなくって・・・」と躾の難しさを話された。どうやら、お子さんの年齢からして反抗期のようだった。「反抗期なんじゃない!反抗期があるのは順調に成長している証拠よ!大丈夫よ!」などと話して別れた。彼女の思いつめたような顔から子供を立派に育てたいという思いが伝わってきた。あんな簡単な返答でよかったのか?自分の子育てはどうだったか?どのような対処をしていたのか?「いやっいやっ」と返事する我が子に「反抗期、反抗期」と笑って過ごしていたような記憶しか思い出そうとしても思い出せなかった。彼女にもっと良い情報を伝えたくって、私が幼児期の子育て真っ最中に読んでいた本の一つ「小さないのちの育て方」安藤利夫著の反抗期の子供のことについて書かれている所を一生懸命読んだ。以前、読んだ時よりも深くかみ締めるように読んだ。読んでいるうちに理想の母親像と自分を照らし合わせながら読んでいた。出来ている所、出来ていない所、たくさんあった。心に残ったのは、子供が日々生活する家庭の中で飛び交う言葉や私達夫婦の生活態度がとても大切ということだった。優しき語調で子供達と会話をしているか?家庭の中の空間が美しく整っているか?愛深きコトバの掛け合いが出来ているのか?襟を正される思いだった。父の手作り野菜と一緒にこの聖典をもって、先日の鯖のお礼に行った。彼女から、私に話した後から不思議なことに子供が変わってしまい今はとてもいい子になったんですよ、と伝えられた。とりあえず、いいことが沢山書いてあるから読んでみる?と本を渡した。本を渡しながら自分のお勉強だったのかも!?と思った。そして、母の観る目で変わったのかなぁとも・・・いうことを利かない!!と思っている間は聞分けが無く親を困らせる姿を現し、反抗期か、成長段階、やっぱりこの子は素晴らしい子というゆとりあるあたたかな思いで観れば、そんな姿を現すのかなぁ、と思った。とりあえず、彼女の晴れやかな顔をみて「よかった」と思い安心した。

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2006年10月31日 (火)

夫婦調和

「結婚生活の歳月が流れてゆくに従って、その夫婦が互いに相手に飽きてくるのは、結婚生活中に、互い互いが相手に内在する実相の善さを観ることをせず、実相の善さをひきだすことをせず、時たまあらわれる外見の一時的失錯を実在(ほんとうにあるもの)として執着し、欠点に心を執するために、実相内在の善が互い互いの前では引き出されず、互いの生長が停滞し、美しさが覆い隠され、ついに相手にはどんな美しさも善しさもないものだと失望するに到るのであります。かくのごとき家庭の破壊を永遠に防ぐには、夫婦が互いに相手の実相の善さを観るということが、是非とも必要なのであります。善き思念は善き相手を作り出し、光明の思念は光明の家庭を作り出すのであります。」谷口雅春先生著 生命の實相14巻P112より  「相手の可能性を信頼できるまでには、いろいろな困難や努力が必要になることもある。しかし、それを乗り越えて築き上げていくのが結婚生活であり、そこにこそ人生の一つの目標があると思っている。そこから逃げても、他のどこにも゛楽園"など見つけることはできないのではないだろうか。・・・簡単に言えば、結婚生活を成功させるための一つの方法は、目の前にいる人の良さを見ていくことなのだ。至極簡単なことのようだけれど、実行するとなると結構難しいところもある。人間というものは、相手が身近にいればいるほど、良いところは当たり前となり、逆に欠点が目につくものだ。そこで欠点は見ないようにし、長所を讃え感謝する生活を続けていくと、次第に欠点は長所に隠されて、気にならなくなってくる」谷口純子先生著 「新しいページ」より 私も心からの中心帰一、夫婦調和がしたくて讃嘆日記とハイ(拝)ニコ(笑顔)ポン(直ぐ行動)を実践しました。毎晩、主人がお風呂に入っている間にその日一日を振り返って夫への讃嘆日記をつけていきました。書き続けていくうちに、なんて素晴らしい夫なんだろう、私は幸せものだという思いで満ちてきました。日頃、夫の素晴らしい所を探しては書く作業をしているうちに、探さなくても素晴らしさを感じるようになり、思わず口に出し誉めてしまうことも多くなりました。こちらが、そういう尊敬の思いで相手をみていると逆に夫もそんな気持ちで見てくれるようになり、夫婦関係がとてもよくなりました。今は、恋愛中の頃よりも幸せですよ。年を重ねるごとにお互いの善さをたくさん観ていけるといいなぁと思ってます。

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家庭は教育の場

子供は急に成長するわけではありません。教育は今の積み重ねです。お母さんの想念が子供の運命をつくります。子供も両親も主人も環境は変わっていきます。その変化の中でいかに実相を観て善き思念で内在する善さを引き出すか、お母さんの勉強が必要です。最近よく問題になっている子供のいじめも自他一体感がないためにおこるのです。人間は皆神の子であり、全ての人が尊いこと、他の人の喜びを我が喜びと出来る子供に育てないといけません。子供の思いやりの心は、他人から思いやられることではじめて育ちます。お母さんが何を語るかにかかっています。よい本を読み聞かせしてあげたり、素晴らしい日本の文化を教えてあげたり、美しい絵を見せてあげたり情操教育が出来るのもお母さんです。学校では教えてくれないことがたくさんあります。うちの子供は、どうやれば神性・仏性が引き出せるかなぁ?とみつめてあげられるのはお母さんです。幼稚園の先生や学校の先生ではありません。これだけ大きな役割をもつお母さんは、自分自身が心のゆとりをもつ工夫をすることが、とても大切です。そして、最後に子供にとって最大の贈り物は「愛念」であって物質の大小ではないのです。

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父母への感謝

聖経「甘露の法雨」の大調和の神示に「汝らの兄弟のうち最も大なる者は汝らの父母である。神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。」とあるように父母への感謝がまず第一条件です。神様と波長が合わないからさまざまな問題が出てきます。お母さん自身がうれしいなぁ、楽しいなぁ、ありがたいなぁという思いがなかったら子供へも主人へも良きコトバがけが出来ません。このことは、私にもたくさん体験があります。私の父も母もとても温厚な人でした。おこられたことは殆どなく、そんな優しい父と母のことは大好きでしたし感謝していると思ってました。しかし、結婚後、色々なことがあり、関係ないようだけれども原因はいつも両親への感謝にありました。1つ1つの問題が解決していくごとに両親への感謝が深くなっていきました。つい最近のブログ「ほんものの親子」に書いてある゛いとしのお母さんになれた"のも、あることがきっかけで徹底的に両親への感謝をしようと決意し、毎日空いた時間をみつけては讃嘆日記に「○○お父さんありがとうございます」「○○お母さんありがとうございます」と舅姑、父母、主人を20回ずつ書いていくうちに心の中でふつふつとそれぞれの素晴らしさが思い出されていきました。いろいろな解決の仕方があるとは思いますが、神の子の私をこの地上に誕生させて下さった両親に神の子の夫をこの地上に誕生させて下さった舅姑さんに無条件に感謝していきたいですね

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2006年10月22日 (日)

子育てについて思うこと

今日は子供のバザーの日だった。長男の通う学校は、日頃感動を与えてくれる子供達に感謝の気持ちを込めて子供達が楽しめるように考えられており、学校の先生と全児童の親が協力して行われる。学校までの道のりを長男と手を繋いで歩いて行った。当たり前だが長男は男である。いつまで手を繋いで歩いてくれるのかなぁと思うと手を繋ぐ力が自然と強くなった。道中で秋のお祭りのおみこしのために集まる町内の人達とすれ違った。「何してるのかなぁ」と質問され「秋はお米が取れるでしょう、その感謝の御祭りで地の神様にお礼を言いにいくのよ、結婚したら其処の神様に報告に行くし、子供が出来たらお顔を見せにいくのよ、いつも自分達をお守り下さっていることに感謝の気持ちでお参りにいくのよ・・・大切な神様の子供を御預かりしてお父さんとお母さんが育てさせて頂いているからね」と言った時、子供から「なんで、子供を殺したりする人がいるのか?」と質問された。どきっとした。「なんで、そんなこと聞くの?」と聞き返すと「テレビで言っていたから・・・」なるほど、と思い「それは、皆、神様のいのちを頂いた神の子だと知らないからだと思うよ、皆が神様の子供でしょ、誰一人として大切でない人はいないでしょ、みんな尊い神の子なのよ、でも、そんな大切なこと学校では教えてくれないし家でも教えてもらわなければわからないまま大人になるでしょ、わかってたらそんな事、出来ないよね」と話した。子供に質問された時は本当のことを話すようにしている。何処まで理解できているかはわからない。でも、子供の奥底の心には響いていると思いながら一生懸命話すようにしている。「三つ子の魂百まで」とよく言われる。その子の人生観をつくってしまう乳児・幼児・学童期の家庭の教育が基礎になると言われている。私達、親の役割の大きさを感じさせられる。子供は日一日と成長していく。子供の成長は、待ってくれない。子供達の成長に遅れないように日々色んなことを正しく学び判断しながら答えてあげられる自分自身でありたいと思う。世の中の事件に対してどのように捕らえていくのかを正しく指し示してくださる谷口雅宣先生の小閑雑感を難しいなぁと思いつつもありがたく日々拝読させて頂いている。

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子育てについて思うこと

子供と同じ幼稚園に通うお母さんからお子さんが中々スムーズに登園出来ない事を相談された。次の日の幼稚園の事を考えると夜も眠れない程とのこと・・・何が原因で小さい胸を痛めているのか判らないが聞いていても切なかった。話していて私が小さかった頃のことが思い出された。私もそんな子供だった。私が小学3年生の頃、父が家を建てて転校した。私はとても繊細だったため特別な理由はないがいつも不安で押しつぶされそうだった。夜、真っ暗になると眠れない、とても悲しい気持ちになる、それが毎日続いた。母はいつも側に来てくれて本を読んでくれた。それでも眠れない私に「目を閉じて、自分の周りの人達、物、事に思いつくままにありがとうございます、と言いなさい」と教えてくれた。私は眠れるまでずっと言い続けた。自分の周りの人はいつも言い終わり、お布団さん枕さんお家さん・・・と続きいつの間にか眠れるというような具合で何時も寝ていた。それは、今でも続いている。そして、生長の家で寝る前の思いがとても大切だと教えて頂いた時、小さい頃から全てのものに感謝の言葉を唱えながら眠る習慣を付けてくれていた母に改めて感謝した。また、朝になり学校へ行くとなると、とても勇気がいった。洗濯している母の後姿に向かって「お母さんギューって抱きしめて」とお願いして、いつも抱きしめてもらって学校へ登校した。「小学校3年生になるのに何言ってんのよー」とは1回も言われたことはなかった。自分ではそんな恥ずかしい気持ちで一杯だった。いつも、そのままの私を受け止めてくれる母のあたたかい胸は魔法のようだった。そんな自分自身の体験を交えながら彼女には子育てはマニュアル通りにはいかないから、他の子供と比べずその子のペースを大切に受け止めていくことの大切さ。そして、子供はどんな自分であれ自分を愛し信じてくれる母が此処にいるという思いで強くなれるのではと伝えた。私の母が私にしてくれたことの立派さを改めて感じると共に何時もおおらかな気持ちで子供を観れる私でありたいと思った。

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2006年10月13日 (金)

子供のおかげ

その人がたとい何一つ具体的な仕事をしていないとしても、ただその人が楽しく愉快にその日その日を暮らしたというその事だけで、その人は「善」をなしたのである。それは何物にも代え難き「善」である。彼の幸福は彼の周囲に幸福を呼び、彼の善は彼の周囲に善を呼ぶのである。彼の愉快の念波は宇宙のどこかに今も浮遊していて、それに触れる何人かを愉快にしているのである 「叡智の断片より」このご文章を読んだ時、子供達の姿と重なった。ただ、いてくれるだけで有難い子供達、でも、その子供達に与えられる感動は数え切れない。日に日に生長した姿を見せてくれる子供達、一人一人がとても尊くありがたい、子供の成長を見た時、親にとっては最高に幸せな瞬間ではないかと思う。今日は長女の連合音楽会だった。区の各学校の4年生が歌や演奏をする。中々ゆっくり音楽を聴くことが無かった今日この頃、美しい楽器の音、素晴らしい演奏、子供達の一生懸命な輝き、素晴らしい歌声に涙腺がゆるみっぱなしだった。どこの学校も素晴らしかった。どの子もどの子も素敵だった。そして、これまで一生懸命に先生を中心に心一つに頑張ってきた姿が眼に浮かぶようだった。秋は学校行事がたくさんある。先日の運動会のときにも子供達の姿に感動させられた。こんな感動は子供がいるからこそ出来るんだよなぁって神様が私達夫婦に神の子さんをお授け下さったことに改めて感謝しながら帰宅した。

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2006年9月23日 (土)

9月ヤングミセスの集い前日~当日

9月のヤングミセスの集いの前日となった。しかし、病気知らずの次男が熱を出してしまった。熱が出ていても、とても元気だったのでお聖経をあげて寝かせておけば直ぐに下がるだろうと特別心配もしていなかった。しかし、夜になり熱が38.7度まであがった。何かあってはいけないと主人は直ぐに解熱剤を買いに薬局まで走った。私は、その間に息子をお布団に寝かせ足浴(バケツにお湯をはり足をつけさせ膝下を温め発汗を効果的に促します)をさせなが真剣に聖経「続々甘露の法雨」をあげた。あげながら、子供の病気は母親の心という言葉が頭をよぎった。お母さんのせいかもね、ごめんね、と自分の心の底を見つめつつ聖経の言葉をよくかみしめながら心を込めた。1巻あげる間に、かなりの量の汗をかいたので直ぐに着替えさせ、もう、これで大丈夫。ちゃんと寝てたらたくさん汗をかいて直ぐに熱が下がるから・・と息子に伝えた。すぐに眠ってしまった。せっかく解熱剤を買いにいってくれた主人に申し訳ない気持ちもしたが「もう大丈夫」と主人に告げると主人はほっとしたようににっこり笑ってくれた。ありがたかった。その後、何回も汗でびっしょりぬれた服を着替えさせながら・・・ヤングは無理かなぁと考えた。しかし、次の瞬間、楽しみに参加する予定の方7人の笑顔が浮かんだ。それ以外で前もって葉書を出していた方も数人いる・・・その方が突然、来られて中止だったら・・皆さんに申し訳ない!どうにか下がらないか・・・神様~、神様にお任せした。朝、お弁当の準備をしていると一番に次男が起きて来た。「ぼく、もう元気なったよ!幼稚園に行く!おかぁさんお弁当作って」と元気に言う。熱を測ると36.7度「きつくない?大丈夫?」と聞くと元気に「うん、大丈夫」と答える笑顔に感謝した。さすが、お腹に入っている時からヤングミセスの活動を共に支えてくれた息子である。神様ありがとう!息子よありがとう!心はればれうきうきとヤングの準備をはじめた。

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